ホセ・メネセを最初に好きになったのは一体いつだっただろうか。思い出してもはっきりとしたきっかけが思い出せない。人形町で働いていた20年近く前、銀座の山野楽器にはフラメンコのCDがたくさん置いてあった。何かの用事で銀座に行く度に寄り、そこでホセ・メネセのCD買ったことを覚えている。
ホセ・メネセと言えば真面目一辺倒の代名詞。面白くないという人もいるが、私は彼の声や歌い方、身体から出る響きが心地よく、テレビに出ては見て、ライブがあると言えば聴きにいった。いつ見ても変わらない、大真面目な彼がいた。
さて、今回セビージャのテアトロ・セントラルでホセ・メネセの公演があるというので、取るものも取りあえずいそいそとセビージャに向かった。ホセ・メネセを生で聴くのは実に5年ぶりくらい。大きな期待を胸に会場入り。客席の皆さんは真面目な彼のファンに相応しく、落ち着いた雰囲気。私も周りを見習って思わず居ずまいを正す。
舞台に登場したホセはすっかり白髪になり、前と少し違った様子。少しよたよたと歩く姿に、さすがに年を取ったかなと思う。しかし舞台が始まり、歌い出すと明らかに何かが変だと分かる!もしや酔っぱらってる??よく聞けば話す言葉も呂律が回っていない。あの真面目の代名詞のようなホセが!舞台にいる姿はまるでエル・トルタのようでした。
そのせいなのかは分かりませんが、公演中盤から彼の歌はどんどんと響きだし、熱を帯び、渦になって会場を巻き込んだ。今まで一度も見たことのない表情で、全身を震わせてソレアを歌う姿に、こちらも身が震える。「俺、もう歌いたくないんだけどさー、アントニオ(ギタリスト)がやれって言うからさー。アントニオ、次は何やるんだ?」なんてグダグダと話す姿に思わず笑ってしまう。しかし繰り出される歌はどれも今まで聞いたことのないホセ・メネセであった!
マルティネーテを会場に響かせた後、ペコリとお辞儀をして舞台からいなくなる。「じゃこれで終わり」とでも言ったような唐突な幕切れ。でも客席は大満足の笑顔。隣にいた女性と思わず見合わせて笑ってしまう。
その後、ホセ・メネセを知る人たちに「舞台で酔っぱらってたんだよ」と言うと皆が口を揃えて「嘘でしょ?あり得ない!」と驚く。ホセを知らない人は「フラメンコだもの、あり得るよね。普通よ。」と言うが、いやいや、これは普通じゃないのです。果たしてこの素晴らしかった舞台を彼自身が覚えているだろうか?そこは大きな謎であります。