ブレリアのおじさん?【Flamenco-Carlos Saura】

初めてスペインに行ったのは24歳の夏。(昨年のパセオに寄稿した「冷や汗」靴磨きエピソードはこの時。)この年にカルロス・サウラの映画「フラメンコ」がスペインで公開された。その時に何故スペインで映画を見なかったのかは覚えていないが、二枚組のCD、いわばサウンドトラックを買って帰った。

日本に帰った私はすぐにそのCDを聴いた。何度も何度も聴いた。今まで聴いたことのない声、息遣い、そしてどこまでも美しい靴音を聴きながら、ここはどんな顔をして歌っているのだろう、どういうシーンなんだろうと頭の中で何度も思い浮かべた。インターネットのない時代、音楽を聴きながら映像を想像するのも楽しかった。中でもブレリアのおじさんの声にすっかり引き込まれ、スペインにはこういう声の人がいるんだ、どんな人なんだろうと日本での映画公開を心待ちにしていた。

さて日本でもいよいよ公開となった。渋谷のユーロスペース(だったと思う)への坂道を上り、パンフレットも買いワクワクと座席に座る。暗くなりいよいよ始まった。しばらくすると画面には沢山の椅子、そしてそこに人が集まり、パルマが始まる。すると堂々とした身体の大きな、迫力満点のおばさんが真ん中から出てきた。

その人の第一声を聴いた瞬間、椅子から滑り落ちそうになった。このおばさんはあのブレリアのおじさんじゃない???おじさんだと思っていた声はおばさんだったの?なんという表情、なんという圧力。私は口を開けたまま瞬きもせず、夢中になってそのパケーラ・デ・ヘレスを見ていた。彼女の後にもまた紡がれるコンパス、踊り、そしてこんなに沢山の人が生み出す一体感に驚きながら、気が付いたら自分は笑っていた。そこから映画が終わるまではあっという間。微笑んだり、眉間にしわを寄せたり、泣きそうになっているうちに終わった。帰りの坂道から井の頭線の中はパンフレットをじっと読んだ。小田急線でサウンドトラックCDを聴こうとしてイヤホンを耳に付けたが、何となくやめてまたパンフレットを開いた。

この映画で沢山のアーティストを知ることが出来、この映画がオタクへの道を広げていってくれたように思う。フェルナンド・デ・ラ・モレナもこの映画でその名前を知り大ファンになった(まさか自分が彼を招聘することになるとは、当時の私にしたら信じられないこと)。これを書く前にDVDを引っ張り出して改めて見てみたが、ため息がでるほどの珠玉の芸の大行進。もしこの映画を見たことがない方は、時間がたっぷりあるこの時期にぜひ見てくださいな。

そうだ、引きこもり月間の今、昔夢中になっていたものを他にも引っ張り出してみよう!

「Flamenco(1995)」Carlos Saura